自分を壊さずに活かすフェーズに入った話:静かな自由と、人生の再現性を選ぶということ

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静かな自由を選ぶ、という感覚について

より自由に、より自分らしく生きたい。」

この言葉自体に、違和感があるわけではありません。
むしろ、とても健全で、前向きで、多くの人を救ってきた言葉だと思います。

少し前、両学長の今年の抱負を目にしたときも、
その姿勢には素直に共感しました。

より良い方向へ、より自由な生き方へと進もうとする意思は、
今の時代において大切なものです。

ただ、その言葉を眺めながら、
自分の中に小さな引っかかりが生まれたのも事実でした。

それは、「自由」や「自分らしさ」という言葉が、
いつの間にか外に向かうものとして語られるようになっている、
という感覚です。

選択肢を増やすこと。
活動範囲を広げること。
発信し、表現し、存在感を示すこと。

それらは確かに、ひとつの自由の形です。

けれど今の自分は、
そこに向かうほど、どこか息苦しさを感じるようになっていました。

もっと広く、
もっと前へ、
もっと新しく。

そうやって自分を更新し続けることに、
少しずつ疲れていたのだと思います。

最近は、選択肢を増やすよりも、
選ばなくていい状態のほうが心地よく感じられるようになりました。

声を大きくするよりも、静かな場所で集中できる時間のほうが、
確かな自由に思えるようになりました。

それは成長をやめた、という感覚とは少し違います。

どちらかといえば、
「自分を作り変えるフェーズ」が終わり、
壊さずに活かすフェーズに入った
そんな感覚に近いものです。

この記事は、
より自由になるために何かを足す話ではありません
より自分らしくなるために、前に出る話でもありません

静かな場所で、無理をせず、壊れずに
それでも人生を前に進めていくための、
ひとつの考え方について書いていきます。

自由と自分らしさは、必ずしも外に向かわない

人生の問い

自由=選択肢の多さ、ではない

自由とは、選択肢が多いことだ。
いつの頃からか、そう考えるのが当たり前になっていました。

仕事の選択肢、住む場所の選択肢、人間関係の選択肢。
増やせば増やすほど、人生は自由になる。
少なくとも、そう信じて疑わなかった時期があります。

けれど実際には、選択肢が増えるほど、
「選び続けなければならない状態」も同時に増えていきました。

今日は何をするべきか。
次はどこへ向かうべきか。
この選択は正しかったのか。

自由であるはずの状態が、
いつの間にか思考と判断で埋め尽くされていく

その疲労は、想像以上に大きなものでした。

最近は選択肢が多いことよりも、
最初から選ばなくていい状態のほうが、
よほど自由なのではないかと感じています。

自分らしさ=声の大きさ、ではない

自分らしく生きる、という言葉も、
どこか外向きに解釈されがちです。

自分の意見をはっきり言うこと。
発信すること。
存在感を示すこと。

もちろん、それが合う人もいます。

けれど、すべての人にとって
それが「自分らしさ」かといえば、
そうではないはずです。

声を張らないと、
自分らしくないような気がしてしまう。
前に出ないと、
何かを放棄しているような気がしてしまう。

そんな無意識の圧力の中で、
本来の自分よりも、
演じている自分の時間が増えていくことがあります。

無理をしていないか。
力んでいないか。
自然に呼吸ができているか。

自分らしさは、性格やキャラクターではなく、
もっと「状態」に近いものなのだと思います。

ここで言う「状態」とは、
自分が無理なく力を発揮できているかどうか
というコンディションのことです。

気合で動いていないか。
演じていないか。
休めばきちんと回復できるか。
判断が自然にできているか。

そうした感覚が保たれているとき、
人は「自分らしさ」を意識しなくても、
自然に自分として振る舞えます

自分らしさとは、表現するものではなく、
整っているときに、勝手に立ち上がってくるものなのだと思います。

静かな場所で、集中できるという贅沢

今の自分にとっての自由は、
賑やかな場所にいることではありません。

説明をしなくていい場所。
比べられない場所。
評価されない場所。

そうした静かな環境で
ただ目の前のことに集中できる時間こそが、
もっとも「自分らしい」と感じられる瞬間でした。

何者かになろうとしなくてもいい。
何かを証明しなくてもいい。
ただ淡々と、手を動かしていられる。

そこでは、不思議と力が戻ってきます。

気合や根性ではなく、
自然に、静かに

自由とは、広がることではなく、
整っていることなのかもしれません。

自分らしさとは、目立つことではなく、
壊れない状態なのかもしれません。

この章で書きたかったのは、
自由と自分らしさを、
少しだけ内側に引き戻してみる、という試みです。

自由や自分らしさを内側に引き戻す、というと、
何かを諦めたように聞こえるかもしれません。
けれど実際には、その逆でした。

外に向かっていた意識が静まり、
自分の輪郭がはっきりしてくると、
何を選び、何を選ばないかが、
自然に決まるようになっていきます。

迷いが減ることも、
自由のひとつなのだと思います。

派手さを捨てると、人生は再現可能になる

壊れない設計の重要性

毎日同じように過ごせる強さ

以前は、
毎日が違うことこそが、
前に進んでいる証拠だと思っていました。

新しい刺激。
新しい挑戦。
新しい環境。

確かにそれらは、人生を広げてくれます。
けれど同時に、
毎日を設計し直し続ける負荷」も生んでいました。

最近は、
毎日がだいたい同じように始まり
同じように終わることに、
不思議な安心感を覚えています。

起きる時間。
身体を動かす時間。
集中する時間。

大きな変化はありません。

けれど、今日も昨日と同じように過ごせた
という事実が、
そのまま信頼になって積み上がっていく感覚があります。

派手ではありませんが、
再現できる一日には、確かな強さがあります。

「低空飛行だけど、墜落しない」

高く飛ぶ人生は、魅力的です。
一気に成果を出し、
一気に状況を変える。

ただ、高く飛べば飛ぶほど、
落ちたときのダメージも大きくなります。

今の自分が選んでいるのは、
低空飛行です。

目立たず、速度も出さず、
けれど地面からは離れている。

派手な上昇はありませんが、
墜落もしない。

体調を崩さず、生活を壊さず、
人間関係を消耗させない。

「成功するかどうか」よりも、
壊れないかどうか」を
先に考えるようになりました。

低空飛行は、臆病さではなく、
持続を前提にした戦略なのだと思います。

成果より、持続可能性を選ぶ

成果は、目に見えます
数字や評価として、わかりやすく現れます。

一方で、
持続可能性は、ほとんど目に見えません
続いている、という事実だけが残る。

だからつい、
成果を追いかけたくなります。

けれど成果は、
続かなければ意味を失っていきます。

今は、
続けられるかどうか」を
判断の基準に置いています。

この働き方は、一年後もできそうか。
この生活リズムは、無理なく続くだろうか。

派手な成功よりも、
淡々と続いている状態のほうが、
人生全体では、はるかに大きな差になります。

再現可能な人生は、
決して退屈な人生ではありません。

毎日が似ているからこそ、
小さな変化に気づける。

体調の揺らぎや、集中力の質、気分の微妙な違いに、
敏感になっていきます。

派手な変化がない代わりに、
自分とのズレが早く見える

それもまた、
再現性がもたらす恩恵です。

人生を一発勝負にしない。
再現できる設計に落とす。

それが、
派手さを手放した先で見えてきた、
ひとつの答えでした。

「自分を作り変えるフェーズ」は、いつ終わるのか

変わり続けることに、疲れていた

これまでの人生を振り返ると、
「変わり続けてきた」という実感があります。

考え方を変え、
環境を変え、
振る舞いを変える。

変わることは、前に進むことだと思っていました。
実際、変わることで救われた場面も多くあります。

けれどいつからか、
変わり続けることそのものが、
前提条件になっているように感じるようになりました。

今の自分では足りない。
もっと良くならなければいけない。
次の自分に更新し続けなければならない。

そうやって自分を見つめる視線は、
いつの間にか応援ではなく、
監視に近いものに変わっていたのだと思います。

成長しているはずなのに、なぜかずっと落ち着かない。

その違和感が、
静かに積もっていきました。

無理に「陽」に寄って、壊れた経験

自分はどちらかといえば、
内向きで、静かな性質です。

それでも、社会や仕事の中では、
「明るいほうがいい」「前に出たほうがいい」
という空気があります。

その期待に応えようとして、
少しずつ、無理を重ねました。

元気なふりをする。
社交的な自分を演じる。
疲れていても、引き受ける。

一つ一つは小さな無理です。
けれど、それが重なると、
確実にどこかが削れていきます。

あるとき、
何をしても回復しない感覚に気づきました。
気合でも、休息でも戻らない。

そこでようやく、
壊れかけている」という事実を、
認めざるを得なくなりました。

「壊さずに活かす」フェーズへの移行

そこから考え方が変わりました。

どう変わるか、ではなく、
どう壊さないかを先に考えるようになったのです。

性格を直す。
弱点を克服する。
苦手を得意に変える。

そうした「作り変える努力」を、
いったん手放しました。

代わりに、
今ある性質を前提にして
人生を組み直す

静かな環境を選ぶ。
刺激を減らす。
回復できる余白を残す。

それは後退ではありません。
諦めでもありません。

「自分を作り変えるフェーズ」が終わり、
自分を壊さずに活かすフェーズに入った
という感覚でした。

フェーズが変わると、
正解も変わります

以前の自分にとっての正解が、
今の自分を壊すこともある。

だからこそ、
過去の成功体験に、しがみつかない勇気が必要でした。

人生には、
努力する時期もあれば、
守る時期もある。

その切り替えを誤らないことが、
何より大切なのだと思います。

静かな場所で、人生の複利を回すという選択

複利が効くものは、音を立てない

人生の中で、本当に差がつくものは、
たいてい音を立てません

健康
資産
知識
習慣

どれも、一気に増えることはありません
昨日と今日で、
劇的な違いが生まれることもない。

だから軽視されがちです。
話題にもなりにくく、評価もされにくい。

けれど、
確実に裏切らないのは、
こうした「静かな積み重ね」でした。

体調を大きく崩さないこと。
支出を安定させること。
毎日少しだけ考え、少しだけ学ぶこと。

複利は、
派手なスタートを必要としません

必要なのは、
止まらないことだけです。

一発逆転より、減らない設計

人生を大きく変える方法は、
二つあると思っています。

一つは、
一発逆転を狙うこと。

もう一つは、
減らない設計を作ること。

前者は、
うまくいけば一気に景色が変わります。
けれど失敗したときの反動も大きい

後者は、
変化が見えにくく、手応えも薄い
ただ、壊れません

今は、
増やすことよりも、
減らさないことに価値を感じています。

健康を削らない。
生活リズムを崩さない。
人間関係を消耗させない。

そうして守られた土台の上で
人生の複利は、
静かに回り続けます

急がない成長という、統合

ここまで書いてきたことは、
すべて「急がない」という選択
集約されていきます。

急がないから、壊れない。
壊れないから、続けられる。
続けられるから、
結果的に前に進んでいる。

静かな自由。
再現可能な人生。
壊さずに活かすフェーズ。

これらは別々の考えではなく、
ひとつの設計思想です。

人生を速く進めるのではなく、
止まらずに回し続ける。

それが、
今の自分が選んでいる生き方です。

まとめ:今年は、何も足さないという決断

今年、
新しい目標を立てることはしませんでした

新しい自分を探さない。
無理に前に出ない。
やれることを増やそうとしない。

代わりに、
今ある状態を、できるだけ長く保つことを選びました。

体調が安定していること。
生活が整っていること。
静かに集中できる時間があること。

それらは一見、
何も起きていないように見えます。

けれど実際には、
人生がちゃんと回っている証拠です。

進まないことは、停滞ではありません。
何も足さないという決断は、何もしない、という意味ではありません。

むしろ、
減らさないために考え続ける
とても能動的な選択です。

静かですが、
はっきりとした意思があります。

壊れないための判断であり、
続けるための意思表示です。

これからも、
急がないと思います。

派手な変化も、
大きな宣言もしないでしょう。

ただ、
壊れない速度で
人生を前に進めていく

それでいい。
いや、
それがいい。

人生は、壊れなければ自然に前に進む

おことわり

この記事は、誰にでも当てはまる生き方や、今すぐ真似すべき選択を提示するものではありません。

成長したい時期、変わり続けることが必要な時期も、人生には確かにあります。

そのフェーズにいる人を、否定する意図もありません。

ここに書いているのは、ひとつの個人的な感覚と、今の自分にとってしっくりきている考え方です。

もし、「今は少し立ち止まりたい」「壊れない形で人生を回したい」そう感じている部分があれば、必要なところだけを拾ってもらえたら嬉しいです。

本記事で使用した画像はNapkin AIを利用しています。

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この記事を書いた人

30代後半から階段の登り降りを始め、10年近く継続中。
週2〜3回の運動で13 kgの減量に成功した経験をもとに、
無理のないシンプルな健康習慣を発信しています。

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