なぜ、頑張っているのに “消耗感” が抜けないのか
努力していないわけではないはずです。
むしろ、人よりも真面目にやってきた方かもしれません。
締め切りを守り、期待に応え、責任を果たしてきた。
若い頃は、その積み重ねがそのまま成果につながっていたはずです。
それでも、ある時期からこう感じ始めることはないでしょうか。
「頑張っているのに、なぜか消耗が抜けない」と。
それは、意志が弱いからではありません。
能力が落ちたからでもありません。
もしかすると私たちは、
“強く見えるエネルギーの使い方” だけで、
生き続けようとしているのかもしれません。
瞬間的に力を出す方法は、確かにあります。
しかし、それは本当に「住み続けられる回路」なのでしょうか。
人間の身体には、即応型と持続型、二つのエネルギー設計があります。
そして人生もまた、そのどちらを主軸に置くかで、静かに形を変えていきます。
人間には二つのエネルギー回路があります

乳酸系:瞬間的に強いが、長くは続きません
私たちの身体は、強い負荷がかかったとき、
すぐにエネルギーを生み出す仕組みを持っています。
これがいわゆる「解糖系(グリコリシス)」です。
筋肉に蓄えられたグリコーゲンを使い、
酸素をあまり使わずにATP(エネルギー)を作り出します。
その過程で乳酸が生成されます。
短距離走や瞬間的な全力動作は、この回路によって支えられています。
ただし、この仕組みには明確な特徴があります。
乳酸そのものが疲労物質という理解は現在では修正されていますが、
急速なエネルギー産生が持続しにくいことは生理学的に確認されています。
この回路は、危機や勝負どころでは極めて有効です。
しかし、常時このモードで生きる設計にはなっていません。
出典:Anaerobic Exercise
Energy System Interaction and Relative Contribution During Maximal Exercise
ケトン体系:地味だが、持続します
一方で、身体にはもう一つのエネルギー回路があります。
脂肪を原料とし、肝臓で生成される「ケトン体」を利用する経路です。
これは主に空腹時や糖質摂取が少ない状態で活性化します。
脳もこのケトン体をエネルギー源として利用できることがわかっています。
ケトン体利用は、解糖系よりも立ち上がりは緩やかですが、安定したエネルギー供給が可能です。
持続的な有酸素運動や、長時間の活動は、この回路が支えています。
派手さはありません。
しかし、枯れにくい。
身体は、本来この「二重構造」で設計されているのです。
出典:Ketone bodies
Effects of Ketone Bodies on Brain Metabolism and Function in Neurodegenerative Diseases
ここで重要なのは、どちらが優れているかという話ではない、ということです。
問題は、「どちらを常態化しているか」にあります。
もし人生を常に短距離走の設計で走り続けているとしたら。
それは、身体の構造に逆らった生き方になっているかもしれません。
そしてこの構造は、仕事、投資、習慣形成にもそのまま当てはまります。
次は、なぜ私たちは “乳酸型” の生き方を選びやすいのかを考えていきます。
なぜ私たちは “乳酸型の人生” を選んでしまうのか

私たちは、持続よりも即効を評価する社会に生きています。
成果は数字で測られ、
努力はスピードで語られます。
早く結果を出す人は「優秀」とされ、
反応が速い人は「仕事ができる」と評価される。
この構造の中では、どうしても「即応型」の回路が主軸になります。
確かに、それは大切な能力です。
乳酸系がなければ、短距離走は成立しません。
しかし問題は、それが常態化してしまうことです。
常に締め切りに追われ、
常に通知に反応し、常に何かに備えて緊張している。
身体は短距離走のモードなのに、
人生はフルマラソンの距離を走っている。
ここで起きているのは、意志の問題ではありません。
設計の問題です。
さらに現代では、血糖変動の激しい食習慣とも相性が良くありません。
糖質中心の食事は血糖値を急上昇させ、その後急降下させます。
この血糖スパイクとインスリン分泌の繰り返しは、エネルギーの不安定さを生みやすいことが知られています。
血糖の乱高下は、集中力や気分にも影響します。
結果として、さらに「即効性の刺激」を求める循環が生まれます。
これは身体だけでなく、働き方にも似ています。
その繰り返しの中で、「持続する力」は育ちにくくなります。
ここで一度、静かに問い直してみたいのです。
私たちが追い求めてきた “強さ” は、
本当に「長く持つ強さ」だったのでしょうか。
即応力は武器です。
けれど、住処ではありません。
次は、耐久力は才能ではなく「設計」である、という視点から考えていきます。
出典:Glycemic Variability and Oxidative Stress: A Link between Diabetes and Cardiovascular Disease?
耐久力は “才能” ではなく、設計です

私たちはしばしば、「あの人は体力がある」「あの人はメンタルが強い」と言います。
しかし、生理学的に見ると、
持続力の多くは “資質” よりも “代謝の使い方” に依存しています。
つまり、耐久力は才能ではなく、設計なのです。
血糖依存からの脱却という身体の話
身体が常に糖質に依存している状態では、エネルギーは安定しません。
血糖値が上がれば活力が出る。
しかしその後、インスリン分泌によって血糖が下がると、
眠気や集中力低下が起こります。
血糖変動が大きいほど、エネルギーの波も大きくなります。
一方で、脂肪酸やケトン体を利用できる状態では、エネルギー供給は比較的安定します。
長時間の有酸素運動や絶食時に身体が機能し続けられるのは、
この代謝柔軟性(metabolic flexibility)によるものです。
近年の研究でも、代謝柔軟性は健康や持久力に関連する重要な要素とされています。
重要なのは、「どちらを使えるか」です。
どちらか一方ではありません。
即応回路しか使えない状態は、実は “選択肢が少ない” 状態なのです。
出典:Metabolic Flexibility in Health and Disease
人生もまた、同じ構造を持っています
この構造は、仕事にも投資にも、そのまま当てはまります。
短期成果だけで評価される働き方は、乳酸型です。
プロジェクト単位で燃え、数字で評価され、次の山へ向かう。
一方で、日々の小さな改善、地味な積み上げ、長期視点の投資。
これはケトン型の構造に近い。
習慣も同じです。
強い意志で一気に変える方法はあります。
けれど、それは持続設計とは限りません。
人生における代謝柔軟性とは、
この “切り替え可能性” にあります。
ここで見えてくるのは、耐久力とは「我慢」ではないということです。
それは根性論でも、精神論でもありません。
身体が脂肪を使えるように、
人生もまた「ゆっくり燃える回路」を持つ必要があります。
40代以降に必要なのは、
出力の最大化よりも、枯渇しない設計です。
そしてそれは、今からでも調整できます。
次は、「切り替えられる人」がなぜ構造的に優位なのかを考えていきます。
切り替えられる人が持つ構造的優位性

ここまで見てきたように、
即応力も耐久力も、どちらも必要です。
問題は優劣ではなく、「固定化」です。
それは一見、強く見えます。
しかし、生理学的に見れば、単一回路への依存です。
近年、健康やパフォーマンスの文脈で注目されている概念に、
「代謝柔軟性(metabolic flexibility)」があります。
これは、糖質と脂質のどちらも状況に応じて使い分けられる能力を指します。
重要なのは、「常に脂肪を燃やすこと」ではありません。
「必要に応じて切り替えられること」です。
人生も同じです。
この往復運動がある人は、消耗が蓄積しません。
けれど身体は、アクセルだけでは壊れます。
自律神経にも同じ構造があります。
このバランスが崩れると、慢性的な疲労や不調につながることが知られています。
切り替えられる人は、怠けているのではありません。
設計を理解しているのです。
そしてこれは、年齢を重ねるほど差になります。
若い頃は、乳酸型でも走れます。
しかし40代以降は、回復速度が変わります。
ホルモン環境も、代謝効率も変わっていきます。
それでも走り方を変えなければ、消耗は積み上がります。
逆に言えば、設計を変えればいい。
全力を出せない自分を責める必要はありません。
それは衰えではなく、フェーズの変化です。
切り替えられる人は、「常に強い人」ではありません。
必要なときだけ強い人です。
そしてそれ以外の時間は、静かに巡航している。
その構造こそが、
長い人生における優位性になります。
次は、なぜ “静かな人” が最後に残るのかを考えます。
出典:Metabolic Flexibility in Health and Disease
Autonomic peripheral neuropathy
まとめ:静かな人が、最後に残る理由

派手な成果は、目に見えます。
短期間での飛躍は、称賛されます。
けれど、人生は短距離走ではありません。
その時間をどう燃やしているか。
そこに、最終的な差が生まれます。
乳酸型の努力は、強烈です。
一気に状況を変える力があります。
しかし、持続型の努力は、静かです。
周囲からは見えにくい。
本人にさえ、劇的な変化は感じられないことがあります。
それでも、代謝の構造と同じように、
静かな燃焼は確実に積み上がっていきます。
どれも急激ではありません。
しかし、崩れにくい。
年齢を重ねるほど、この “崩れにくさ” は価値になります。
瞬発力はやがて落ちます。
しかし、設計は深まります。
若い頃のように無理がきかなくなったと感じるなら、
それは衰えではなく、構造転換の合図かもしれません。
静かな人が最後に残るのは、
声が大きいからではありません。
燃え尽きないからです。
それは弱さではありません。
持続の知恵です。
人生は、乳酸型だけでは続きません。
けれど、切り替えられる人は、続いていきます。
そして「続いている」という事実そのものが、
何よりの強さになるのです。
続いているという状態は、劇的ではありません。
誰かに拍手されるわけでもなく、自分でも気づかないほど静かなものです。
けれど、時間だけはそれを見ています。
急上昇と急降下を繰り返す軌道よりも、
わずかでも上向きの傾斜を保ち続ける軌道のほうが、
10年後には大きな差になります。
設計とは、今日の気分ではなく、
10年後の自分に対する態度です。
おことわり
本記事は、エネルギー代謝に関する生理学的知見をもとに、人生設計への比喩として再構成した思想記事です。
医療行為や治療方針を示すものではありません。
食事や健康状態についての判断は、必要に応じて医療専門家にご相談ください。
本記事で使用した画像はNapkin AIを利用しています。
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